最後通牒はSNS?世界情勢はSNSで変わる現代
ラブレターを下駄箱や机の中に忍ばせる時代が終わりを迎えているように、私たちが生きるこの現代社会にも一つの節目を迎えているのかもしれない。
節目とは言え、果たしていつで終わり、そして始まるのかといった具体的なボーダーラインがあるわけでもないのが実にやらしいところ。何がやらしいって、いつのまにか「それ」が当然になってしまうことに気づくことが出来ないからです。そうじゃあないですか、「あれ、そういえばいつのまにかこうなったな」と自然に受け身が取れていることって、本当に恐ろしいことだと私は思うのですよ。
例えば消費税なんかは、ちょっとそれっぽいですよね。始まりこそ「明日で税率10%!まじ卍」とか喚いていたのが三ヶ月前でしょうか。それが今となっては10%が当たり前(軽減税率を除く)。むしろ計算しやすくなって万々歳とか思っている人もいるんじゃないですか、ええ?ほれほれ、正直におっしゃってご覧なさいまし。少なくとも私は喜んでいます。計算しやすい。
SNSで戦争勃発する時代が、いつか来る
人との交流で顔を背く事を覚えてから十年が経ちましょうか。
目についたヤフーニュースを見て、そういえばそうだと。何か気付かされることがありました。
某大統領を台頭に、際どい発言が繰り広げられるtwitter社の同サービス。そもそも国の首相はテレビ等を通して発言することが当たり前だった時代から一変して、私たちが既に馴染んでいるインターネットを利用して発言すること自体…どうしてこうなった、と思う次第です。それが頑なに法律なりで縛られていたのかと思えば、実はそういうわけでもなく。ともすればこうなることは時代の流れからして当然だと予測出来たことかもしれません。が、少なくともこんな時代になるとは、私は思ってもいませんでした。
極論ですけど、首相とは言え一個人、一人間。誰だって発言したければ発言すればいい、という考え方はあります。が、それにしても国の長。うむ、凄い時代ですな。
記事中では
それにしても、Twitterに限らずSNSという仕組みを扱うデジタル・プラットフォーム事業者は、かなり面倒な局面に立たされつつある時代になりました
と言っていますが、全くもってそうだと感じます。
というのも、例えば某大統領の場合であれば、「トゲのある一言」によって株は暴落しかねないですし、そして宣戦布告ともとれるような発言だって、指一本あれば全世界に発信することが出来るのですから。恐ろしいわ。一国が指一本でポシャってしまう可能性だってあります。この時代やばいっす。もちろん、やるかやらないかはさておき。
で、その発言はSNS上で行われるわけですから、当然SNSサービスを管理する運営側が発言の管理…というか監視しなければならないわけです。どこまでがサービス上許される範囲であり、そして監視に耐えかねる発言は削除されるわけですから、この選択は発言主ではなく管理者側が削除なりの対応に追われることになるのです。もちろん発言した人に責任はあるのでしょうけども。…ん?でも著作物投稿して放置していたら、それはサービス管理者側に責任がある、という判決があったような無かったような。ともすれば、比較対象としてはずれているとは思いますけど、サービス管理者側に一定のペナルティが生じるかも…?うわ、かなり面倒な局面ですね。
最後通牒がSNSで行われる可能性は…?
あると思います!(死語
いや、やめてほしいです…。